第27回 長野マラソン(2025年4月20日 フルマラソン)

順番に読んでいただいても、興味ある部分にクリックして飛んでいただいても結構です。

今回は久々のフルマラソンということもあって長文です。
また付録として本大会(2025年4月)のホテルの価格やツアーの価格つけましたので、来年参加予定の方はご参考になさってください。

ツアーといっても出走権とホテルだけで交通費は別ですが、大会当日にホテルからバスで会場まで送ってくれるサービスがあります。
特製缶に入った七味唐辛子2つもついていますが、なかなか強気の価格です。

今回の場合、大会エントリーとホテル予約が同日(10月)でしたので、お気をつけください。
(特にホテルは瞬殺ですのでご注意ください)



   1 【大会データ】

   2 【大会直前の状態】

   3 【前日の様子】

   4 【レースの様子】

   5 【レース後の振り返り】

   6 【タイムと写真】

   7 【2025年版 ホテル価格情報】

   8 【エントリーから大会直前までの日記】(長文注意)

****** 大会データ ******

----- 大会寸評 -----

長野オリンピックを記念して作られた大会だが、東京オリンピック招致後は権利の関係で「長野オリンピック記念」の冠は使えなくなった。
長野の春の風物詩としてすっかり定着しているが、仮装不可、完走者全員に陸連記録が自動認定される(陸連登録していなくとも陸連記録として残る)、制限時間は初心者にはやや厳しめの5時間など、意外と硬派な大会。
春の長野というソフトなイメージもあって、女性ランナーにも人気がある。
コロナ前まではエントリーもホテル取りも瞬殺で参加までのハードルは高く、4月なので気温的に自己ベスト更新も狙いにくいが、沿道の応援の暖かさ・走りやすいコース・ しっかりした運営など、人気があり毎年出たくなる大会。
地方都市開催の大規模大会で地域に根ついている本大会は、市民マラソンの一つの完成形ではないか。
是非一度は出場してもらいたい大会の一つである。
今年から前日受付不要となったがスタート時刻が早いので、東京からの日帰り参加はできず前泊必須になる。

----- 概要 -----

種目:フルマラソンのみ
最寄り駅:北長野駅から徒歩20分
スタート時刻:8時半
参加者数:定員 10000人
完走率:79.46%、たしか85%ぐらいが平均だったと思うので、今年は暑めだった影響か
制限時間:5時間
関門:あり
参加資格:18歳以上(高校生除く)
受付方法:ネットのみ、電話エントリーはなくなった
申込方法:先着順


----- コース・計測 -----

計測方式:胸のゼッケンの使い捨てチップ
計測内容:5kmごと、中間点、フィニッシュタイム。ネット計測あり
記録検索:あり。応援ナビ、ランナーズアップデート
記録証:web発行

不参加時の計測タグ返却封筒:なし。使い捨てチップ。
ペースセッター:2時間50分と3時間から5時間までは15分刻みに準備される豪華さ
ゼッケン枚数:2枚
ゼッケン番号順:申告タイム順だと思う

コース:長野運動公園発、長野オリンピックの各施設(エムウエーブ、ビッグハットなど)を巡りながら長野オリンピックスタジアムでフィニッシュ
高低差はさほどないので、気温が低めならいいタイムも期待できる
(今回はエムウエーブ付近は工事中のため少しコースが変わっていた)
コース上トイレ:仮設など。4月上旬にトイレマップが発表されるが、44ヶ所ほどあった。
相当充実している
アップ場所:ゼッケンごとに陸上競技場、野球場、サブトラックが用意されている
キロ表示:1kmごと、終盤にはあと何キロ表示もある

スタート方法:一斉スタート
ウエーブ内でのブロック分け:一斉スタートなのでウエーブなし
ロスタイム:Fブロック先頭で2分半程度
給水:16ヶ所と十分
スペシャル給水:あり、ただし市民ランナーは使えない
給食:あり、6ヶ所。バナナ、カステラ、塩飴など。エネルギーゼリーも1ヶ所あり
私設エイド:少なく小規模だがある
スポンジ:なし
スタート前給水給食:給水あり
ゴール後の飲食サービス:梅干しおにぎり、水分もなにかもらえるはず


----- 環境 -----

声援:沿道は賑やかで励みになる
仮装:禁止。でも軽めの仮装はいたが
参加賞:Tシャツ
完走賞:完走メダル、フィニッシャーズタオル
参加費:14300円+手数料786円=15086円
荷物預かり:あり、ビニール袋はなく荷物にタグをつける方式なので1つにまとめないといけない
タグが外れた時のために控えを荷物内に入れておく方式、よく考えられてます
着替え場所:スタート前後ともにあり

会場トイレ:仮設多数
事前郵送物:ゼッケン、荷物タグ、会場までの電車の切符、帰りのシャトルバス乗車券
大会プログラム:ネット公開のみで印刷物なし
写真屋:オールスポーツ
招待選手:多数
ゲストランナー:西谷綾子さんほか、高橋尚子さんはスペシャルゲスト
気温など:
8:30 曇り 気温20.0度 湿度60% 北北東の風0.7m
9:00 曇り 気温218.3度 湿度68% 東北東風2.2m
10:00 曇り 気温19.3度 湿度63% 東の風2.0
11:00 曇り 気温20.9度 湿度62% 東の風4.9m
12:00 曇り 気温22.2度 湿度57% 東の風5.4m
13:00 曇り 気温23.6度 湿度49% 北北東の風3.1m


----- 個人データ -----

体重、食生活: 前日の体重57.4kg、体脂肪率9.9%、まあまあの感じ
ウエア:
黒の板橋シティ参加賞帽子、リストバンド、SSK黒半袖シャツ、アディダス黒ボックスランパン、ZAMSTふくらはぎサポーター、ダイソーグレーソックス、シューズはヴェイパーフライ白青26.5cm
ダメージ:
ダメージは右腰筋肉痛、両足前もも上部筋肉痛、右足中指爪下出血
それよりもまた大会前後に体調不良になり、月単位で走れない状態になった。
レース後の振り返りに記載あり)


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【エントリーから大会直前まで】

大会までのメモというか日記は長文になったので、末尾に掲載しました。
こちら(長文注意)
ここでは大会直前の様子を中心に書きます。

3年近く前から定期的に体調不良になる謎現象が続いていて、加えて昨年9月から副鼻腔炎と診断されて内科で数ヶ月治療したけど治らず、12月から耳鼻科で治療しています。
投薬が奏功して調子も良くなり、大会2ヶ月ほど前から減薬していきました。
ところが減薬は早すぎたのか別の原因なのか、4月に入ってまた体調を崩しました。

3/30の練習(10km走)では50分30秒とかなりいい感じで走れました。
最近は10km55分を切ることを目標にしていますので、50分台はかなりいい数字です。
(ちなみに月例などの大会では47分前後です)
4月に入ってからも12kmジョグ、プール75分、12kmジョグ、プール70分と体調は悪くなかったのですが、4月4日になって身体が重くなり10km65分のジョグしかできませんでした。
数日走らずプールに2回行ってから4月8日に走ったら10km65分とジョグしかできないほど身体が重い。
4月10日にかなり全力で走って10km53分で走れましたが、これで疲れたのか翌日から風邪のような症状になりました。
14日には肩の治療で整形外科へ行きましたが、医者までの徒歩20分がなんともしんどく、休み休み歩く状態。
これはおかしいと思って15日に耳鼻科を受診しましたが、MRIの結果は治療中の副鼻腔炎がやや悪化した程度。
抗生物質、咳止め、痰切り、解熱剤の服用を開始しましたが、大会5日前にしてまたも体調不良です。
今回もまた欠場かと諦めムードでした。

今回も欠場となると、ちょっと深刻です。
なにしろ2022年の秋頃から不調が始まりもう3年、同年10月の水戸黄門漫遊マラソンも11月のつくばマラソンも欠場。
翌2023年は1月の勝田全国マラソンと2月の北九州マラソンには出場できたものの、8月の北海道マラソンと11月のつくばマラソンは欠場。
8月の北海道は脚の故障もあったとはいえ、最後の北海道にするつもりの大会の欠場は重かった。
昨年(2024年)も1月の勝田全国マラソンと4月の長野マラソンを欠場、さらにここまでフルマラソンだけだった欠場がハーフにまで及び、10月と11月のハーフを連続欠場。
大会直前になると不調になって欠場という悪い流れが加速しています。

フルを完走したのは2023年の北九州マラソンが最後です。
フルに出ることを身体が嫌がっているのかと思ってこの1年はフルを封印したのですが、昨秋(2024年10月、11月)のハーフも欠場となると、フルが原因とも思えません。
今回もまた同じような症状(倦怠感、軽い息苦しさ、微熱感)が出ていますが、今年の長野も欠場となるとフルもハーフも大会出場は無理かもしれません。

大会3日前の木曜日、長野マラソンの「5年後の自分へのメッセージ」が再開したことを知りました。
これはマラソンを続けるモチベーションにと主催者が行っていたものですが、数年前に中断していました。
再開したことが嬉しかったのと、今回またも欠場となるとフルマラソン連続6大会欠場、これではとても来年はエントリーできませんし、そうなれば来年は5年後の自分へのメッセージを書く資格がなくなります。
単純なものですが、これが効いたのか薬が効いたのか、大会3日前にしてようやく行けそうな感じがしてきたのでようやく荷造りをする気になれました。
あとは土曜の朝の体調次第、どうなることやら。

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【前日の様子】

土曜日の朝は7:15に目が覚めましたが体調はそこそこ、でも行ける感じです。
暑くなりそうなので、悩んだ末に上着は薄いブルゾンにしました。
副鼻腔炎の薬のおかげかもしれませんが、それでも現地に行く気になれるのは久しぶりです。
8:40に家を出て東京駅に9:15着、早すぎました。
9:27にはホームで缶コーヒー飲んでいましたが、行先表示板には乗るはずの新幹線が出ていません。
北陸新幹線のホームはもう一つあるのかもと思って探したら、やはりホームを間違えていました。
9:57に車中の人となりましたが、2年ぶりの遠征ですから新幹線に乗るのも久しぶりです。
目標は最低でも完走だけど、出られるだけでも進歩かもしれない。

新幹線の指定席は最初はガラガラだったけど途中から乗る人もいたので、半分ほど埋まりました。
昨夜、長野で震度5弱の地震がありましたのでちと心配です(結果的には何もなかった)。
車中でスマホを充電しようとしたら充電できないので焦ってACから充電してみたり色々しているうちに直りました。
接触不良だったのかな、新幹線のチケットなど全てスマホの中なので充電が切れたらヤバいのです。
充電ケーブルは社外品、IOSをアップデートしたばかりなので社外品ケーブルは認識しないのかと思いましたが、単なる接触不良だったようです。
途中、車窓からソメイヨシノが咲いているのが見えました。


3年ぶりの長野に着きました。
例年駅の広場では歓迎イベントが開かれているのですが、今年は善光寺表参道のウエルカムフェスに集約されたみたいで広場はがらんとしていました。
トイレに行ってから駅ビルの蕎麦屋「みよ田」に行って、15分ほど待ってごませいろ蕎麦(やや多め、1.5倍)を食べました。
おいしかったです。
12:19に食べ終わって副鼻腔炎の薬を飲みましたが、そういえば遠征先で服薬するのは珍しい。
昔は服薬中(イコール病気中)は走らないっていう自分ルールがあったのですが、歳をとるとそんなことも言ってられなくなります。

今年から前日受付がなくなったので少し寂しい反面、受付会場に行かないでいいので気が楽でもあります。
駅ビルでお土産を買って12:45にホテルに荷物を預けます。
暑い、気温26度、この時期でこの気温はまるで真夏のように感じます
バスで善光寺へ行きましたが、スイカ対応になっていたので便利です。
バスも善光寺もそこそこ混んでいました。

善光寺のソメイヨシノは散りかけでしたが、しだれ桜は満開で綺麗でした。
でも例年よく見るお花はあまり目につかず桜ばかりだったので、今年は春が遅かったのかな。
あまり体力を使いたくないという意識があったのか、あっさりと見終わったのが13:46、相変わらず暑い。
ぶらぶらと歩いて帰ったらバスに乗りそびれて、そのまま長野駅まで歩いて帰りました。
途中、ウエルカムフェスをやっていましたが、ながの表参道セントラルスクエアという場所のようです。
そんなに大規模ではないし野外なので雨が降ったら寂しいだろうなと思いながら少しだけ見ました。
女の子(小学生かな)がダンスをしていました。
そういえば信濃毎日新聞の新聞郵送サービスは無くなったのかな。
(長野マラソン翌日の新聞に全完走者の結果が載るので、それを有料で郵送してくれるサービス)
ひょっとしたらこのフェス会場で受付していたのかもしれませんが、あっさり帰ったので気がつかなかった。

長野駅に戻って晩飯の寿司とおやきを買いましたが、おやきは明日の朝食でもあります。
両方とも東急フードショーで買ったのですが両店ともスイカが使えないレジで、他の売り場に移動して精算する必要がありました。
ここの寿司屋で毎年見かけていた若い女性はだいぶ前から見かけなくなったので、たぶん辞めたんでしょう。
年に1回しか見ない顔でも意外と覚えているものです。
向こうは覚えてないでしょうけど、元気に働いている姿を見るとなんだかホッとしたものです。

14:50にホテルに戻って、部屋の清掃が終わるまでしばし待ってからチェックイン。
部屋でホテルのWi-Fiに繋げましたが、パスワードが変わっていなかったのでずいぶん前の設定のままですんなり繋がりました。

お寿司を食べてから大浴場へ、時間が早いこともあって貸し切り状態でした。
風呂から上がって16:40に部屋に戻ると部屋が暑い、窓を開けても風はあまり入らずエアコンつけるとホコリ臭い風が出ます(喫煙室のせいかな)。
長野は冷房に切り替えるのは連休明けなのでこの時期は送風しかできないはずですが、でも一応冷房らしき涼しい風は出るので、臭いけどエアコンをつけておきました。
(結局、暑くて朝までつけっぱなしにしていた。臭さは慣れたのか埃が出きったのか気にならなくなった)
天気予報では明日は17-24度、今日は29度まであがったらしいから今日よりましではあるけど、でも暑くなりそう。
さあ、明日はどうなるのかな。

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【レースの様子】

いよいよ2年2ヶ月ぶりのフルマラソンの朝、早く寝たこともあって3時には目が覚めていました。
うとうとしながら4時になってから起き、窓を開けたらさすがに外は冷たい空気。
昨日は珍しく暑かったけど、この時期の長野らしく顔を洗う水が冷たい。
食事をしてベッドの上で入念にストレッチ、5:45にホテルを出ましたが涼しいけど寒くはない。
5:55に長野駅に着き、予定より1つ早い6:00の2両編成に乗れましたが、混んでおらずあっさり座れました。
例年はこの次に出る3両編成の列車で混むのですが、今回は2両編成でも混んでいないのは時間が早いからでしょう。
車内はあたりまえですがランナーだらけ、目的地の北長野は隣駅ですのですぐ着いて6:07に改札を通過、2両編成に加えてさほど多く乗っていなかったので、改札渋滞もほぼありませんでした。
会場まで20分ほど歩きますが、混雑することもなく淡々と歩きます。
眠いのですが駅近くのコンビニでコーヒーを買わず、その後自販機も見かけなくて眠いままでした。

会場に着いて案内されるまま歩いて行ったら、更衣室に来ちゃいました。
男子更衣室は体育館、ガラ空きでしたが私は着替える必要がなく脱ぐだけなので、すぐ出てスタート地点へ向かいました。
コース横にランナーの意気込みが書き込まれた横断幕が貼ってありました。
例年は受付会場で書き込めるのですが、どうやら今回はウエルカムフェス会場で書けたようですが気がつかなかった。
来年はしっかり探して書き込もう。
半円形のスタートゲート(エアー)はまだ立っておらず、交通規制が始まって車が通らなくなってから立てるようです。

6:35にいつもの広場へ着きました、ああ帰って来たんだな。
いつもの景色ですが3年ぶりとなると少々感無量、そしていつもより早く着いたこともあってガラガラです。
シューズを履き替えて上着を脱いで6:50には早くも準備完了、ちょっと早く来すぎたかな。
天気は曇り、天気予報では気温17度から24度、まあまあな感じですが終盤は暑くなりそう。
ストレッチしてゼリーを飲んで、7時になると会場放送が始まって一気に大会らしい賑やかさになります。
やや肌寒いけど時間と共に気温は上がるでしょうけど、でも予報よりはだいぶいいマラソン日和になりそうです。
7:20に荷物を預け、いざ出陣。

野球場でのアップはいい感じで、スタミナはともかくペースはそこそこ上げられそうな感じ。
まあ今回は完走第一なので、無理して飛ばしはしません。
トイレに2回行ったけど混んでいなかったので、台数は十分のようです。
準備万端、整列開始は7:45からですがその前にFブロック入口で待ち、Fブロック最前列に陣取ります。
目前のDブロック最後尾には3時間45のペーサーが2人います。
この大会は3時間から5時間まで15分刻みにペーサーが配置される豪華さで、美点のひとつと言えるでしょう。
たぶんペーサーはグロスタイム基準で走るだろうし安全第一で前半飛ばしぎみで後半落とすだろうから、3時間45分のペーサーに離されても気にしないようにしよう。
ただ自分のFブロック最後尾から出るサブフォーのペーサーには抜かれないようにしなくちゃ、もし抜かれても大きく離されないようにしないと。

いつも通りゲストランナーの紹介やスペシャルゲストの高橋尚子さん(Qちゃん)の紹介があり、また第一回から連続参加の金ゼッケンと10回以上参加の銀ゼッケンの説明もありました。
私が銀ゼッケンの資格を得たときにはすでにコロナ禍が始まっていて、その影響や故障や体調不良での欠場もあって、今回が初めて銀ゼッケンで走る大会です。
久々のフルマラソン、3年ぶりの長野、完走が目標とは言いながらもサブフォーは当然、3時間50分を切って45分にどれだけ近づけられるかが勝負だ。
恒例のQちゃん指導のストレッチも、また長野に戻ってきたことを実感する瞬間です。
Qちゃんと一緒に勝ちどきを挙げてからカウントダウン、そして号砲が遠くから聞こえました。

スタートロスは2分ほど、スタートラインのQちゃんに見送られながら3時間45分ペーサーより速い入りでしたが、1km辺りであっさり抜かれました。
まあ4時間のペーサーに抜かされなければいいと思い、焦らず走る。
1kmは5分33秒、2kmが5分26秒、3kmは5分24秒と、いい感じでまとまっています。
気温は暑くも寒くもなく風は無風、曇り、サブフォー程度ならば悪くないコンディション。

4kmで5分42秒と落ちるが5kmでは5分37秒、まあこの程度は誤差の範囲。
しかし6kmで5分54秒と大きく落ちるけど、一喜一憂せずに走ります。
ただこのあたりで早々と4時間のペーサーに抜かれたのですが、でも終盤で追いつけると信じて無理はしません。
フルマラソンは練習とマネージメントのスポーツ、10kmにも達しない時点で頑張ったら確実に潰れます。
30kmまでは頑張らず、そこから粘り続けて順位を上げるのが俺のスタイル。

7kmでは5分35秒に戻るものの、それから44秒、46秒、42秒とやや落ち気味。
善光寺の参道を走り抜けましたが、毎年妙な衣装で独特のダンスで応援していた婆さんを見かけませんでした。
俺もいい歳になったけど向こうはそれ以上だから、沿道に来られなくなったのか、それとも沿道でおとなしく見ていたのか。

ペースは5分40秒台が続き、10km通過が56分22秒。
しかし11kmでは5分50秒と、ついに50秒台に落ちました。
無理してペースを上げてもバテるだけなので、脚に任せつつ無理はしないけどクルージングにならないように走り、12kmでは5分45秒に戻りました。
しかし13kmで5分52秒、もうこのあたりで脚は使い切った感じがします。
早すぎるけど、それが現実でした。

14kmが5分49秒、15kmが5分56秒と、すでに40秒台に戻すどころかキロ6分が目前。
もうすでにしんどい。
序盤から左足が時々引きずるけど(シューズで地面を引きずる)、脚が上がっていない証拠。
なぜ脚が上がらないのか、すでにスタミナ切れなのか。
それから右足で左足内くるぶしを蹴ることがあって、これも滅多にない現象なので何かがおかしい。

16kmでついに6分02秒とキロ6分オーバー、なんとかペースを上げたいけど上がらない。
まだレースは半分にも達していないので無理しすぎると潰れるけど、無理する以前にとにかく脚も身体も重い。
16km過ぎから数キロが折り返しコースなので、反対車線には折り返してきたランナーが走っています。
6分10秒までは落ちないが6分は切れない走りが続く中、17km地点で反対車線に4時間のペーサーを見つけました。
私との差は1km、時間にすると6分弱。
仮にここからサブフォーペースの5分40秒に上げられたとしても、フィニッシュタイムは4時間6分前後ということになります。
17km過ぎですでにサブフォーは絶望だけど気持ちは切らさないで走ってはいるものの、左足を引きずることがさらに増えてきた。
ストライドは明らかに狭くなっているし、レースペースには程遠い。

20kmでついに7分06秒と悪夢の7分台、21kmでは6分09秒に戻すも、22kmは6分51秒。
もやはレースではなく、練習のロングジョグ並の遅さ。
だいぶ前から右足裏が痺れる感覚があって、これは初めての経験だけど右腰も痛いので神経痛かと思っていたのですが、後で考えたら脱水が始まっていたのかもしれない。
でも汗をかいた感じはあまりないし、レース前もレース中も給水はかなり取っている。
後で考えたら、重い身体を無理に動かすことで負荷が高く、気がつかないけど発汗が多かったのかもしれない。

給水はどこもスポーツドリンクと水の両方が置いてあって、スポドリばかり取っていました。
序盤の第一給水所はペースを乱したくないから給水をパスして腰に刺した水を飲んだけど、それ以降はほとんど寄って飲むようにしていました。

ようやく中間点、時計を見たら2時間05分。
2時間を超えたのは何年ぶりだろう。
もし後半も同じペースで走れたとしたら4時間10分、でもこの脚ではどう考えてもそれは無理。
もうサブフォーは完全に諦めて、後は完走することと帰りの新幹線に間に合うかどうか。

この大会はコース上でQちゃんがハイタッチして応援してくれるのですが、失速して4時間をオーバーすると場所を移動したQちゃんと2回目のハイタッチができます。
たぶんハイタッチ2回と嬉しくないことになるだろうと覚悟したのですが・・・・
(まさかQちゃんに会えないとはこの時点では思わなかった)

給食ではバナナとカステラをしっかり取ってエネルギーを補給し、アミノバイタルゼリーは持参していったものを20kmあたりで取って、25km過ぎのエイドでもらったものも28kmあたりで取りましたが回復しません。
右足裏が痺れていますが、走るのには支障はないけどこんな現象は初めて。
太もも前の上部と脚の付け根が痛むけど大した痛みではなく、痛みのせいではなくとにかく身体が動かなくてストライドもピッチも落ちっぱなし。
脚が、身体が動かない。全くレースにならない。

なんとか4時間30分は切れるかな、それなら帰りの新幹線には間に合うかな、そんなことしか考えられない。
だいぶ前から上り坂は走ると潰れそうで歩いていたけど、やがて身体が無理するなと言っている感じで、自制して歩くのではなく走れない感じになってきました。
やがて下り坂ですら走れなくなり、6分半どころか8分近くにまで落ち込むラップも出てきた。
後で知ったけど30kmは3時間3分で通過、今年に入って3回した練習の30kmジョグが3時間5分から9分なので、ジョグ並みの速度です。
とてもレースとはいえない。

リタイヤのことはだいぶ前から考えていたけど、収容車は最終ランナーの後ろから来るのでだいぶ遅くなるから、それに乗るとなると帰りの新幹線には間に合わないだろう。
幸い今日はポカポカ陽気だから待っている間に体が冷える心配はないけど、帰りの新幹線が心配。
新幹線の時間を正確には覚えていないけど、4時間でフィニッシュしたら12:30、着替えなどに1時間、帰りのシャトルバスに1時間、失速とかを考えて1時間の余裕を見ているはずだから、15:30前後かな。
もしリタイヤするとしたら何時にフィニッシュ会場に戻れるんだろう、荷物を取りに行く前に新幹線の時刻が来ちゃったらキャンセルできずに8400円の切符が無駄になる。
(キャンセルするには、預けた荷物の中にあるスマホが必要)
それに帰りの新幹線も予約しなおさないといけないけど、空席はあるんだろうか。
遅い時間ならあるだろうから今日中には帰京できるだろうけど、できればリタイヤはしたくない(当たり前だけど)。

なんとなく両手の痺れが気になってきた。
ひどい痺れではないけど、冷えて血流が悪くなるような気温でもないから脱水なのかもしれないし、呼吸も少しおかしい。
やがて上り坂どころか平地でも時々走れなくなり、これはもう無理だと感じ始めた。
この大会は制限時間5時間だけど、制限時間どころかゴールまで辿り着ける気がしない。
それでもゴールを目指してゆるゆると走るけど、良くなる気配は皆無。

31kmまではなんとか走れたけどそこまでが限界、もう無理だ。
そこからはほとんど歩きながら救護所を探す。

32km手前のアンダーパスをくぐって短い坂を上がって左に曲がるところで、毎年消防団が演奏していてくれていた。
コロナ以降はなくなっていたけど、嬉しいことに今年は復活していた。
でもとぼとぼ歩くだけで精一杯、手を振る気分にもなれないし気力もない。
そのすぐそばに救護所があったので、椅子に座ってOS1(経口補水液)をいただくが呼吸が荒い。
座るのがしんどいのでテントの中のブルーシートに横にさせてもらったが、毛布を下に敷いてくれた。
もらった氷で頭などを冷やすが、身体は熱くはない。
何度もOS1を紙コップでもらうが足りない、ペットボトルごと貰いたいけど、きっとそれはダメなんだろう。
OS1の味がしないので水で割ったのかと思ったけど原液とのこと、これは思った以上に酷い脱水のようだ。
尿意もあったから真横にあった仮設トイレに行ったら、真っ黄色のお小水が出た。
ああ、完全に脱水だ。

救護所には大人の男性とボランティアの若い女性(高校生かな)の2人、女性にリタイヤ方法を聞いたら2km先の34km関門に行かないとダメとのこと。
とても2km先までは移動できない、歩くのももう無理、困ったけどどうしようもない。
テントで寝ているうちに右ふくらはぎが攣ったけどすぐ押さえ込んで大事には至らず、あわてて持っていった塩飴を何個も舐める。
やがて右太ももが攣りだしたけど、これは初めての経験。
処置の仕方が分からず、押さえつけることしかできない。
なんとか治ってしばらくしたら、今度は左脚が攣り始めた。
こちらも大事には至らなかったけど、太ももが攣ったのは初めてだ。
こんなことならウエストバッグに攣り防止の漢方薬(芍薬甘草湯)を入れておけば良かった。
いつもレース前に飲んでいるし今朝も飲んだけど、まさかレース中に必要になるとは思わなかった。

2km先の関門まで歩くどころか、この攣り方だと歩けず収容車にも乗れず、救急車で病院送りかな。
あちこちに迷惑をかけた上に病院送りとなると、帰りの新幹線もキャンセルできず無駄になる。
そうと考えると、もうため息しか出ない。

テントで寝ているので日差しは遮られていて、土手の上のなので涼やかな風が吹いて、いい昼寝日和。
まさかレース中にこうなるとはね。

すぐそばでは消防団の演奏が休みなく続いている。
近くで歩けなくなったランナーが出たらしく、係の人は車椅子を出すなどバタバタしていた。
ボランティアの女性に何時までここに居られるのかを聞いたら、あと30分ぐらいじゃないかとのこと。
30分経っても歩ける気がしないんだけど、どうしたらいいんだろう。

しばらくしてから今度は男性に今後のことを聞いたら、13時過ぎごろ最終ランナーが通り、それから収容車バスが来るので、それに乗れるとのこと。
あ、それなら新幹線に間に合うかもしれない。
ただ脚があちこち攣るんだよな、自力で帰京するためにひたすら水分補給しながら塩飴を舐める。
OS1を何回もお代わりしたせいか最後は品切れになって、最後に残ったものも私が飲み干した。
後から来たランナーには申し訳なけど早い者勝ちだし、水とスポーツドリンクは残っていたのでお許しを。

後から調べたら救護所に入ったのが12時ごろ、そこで一時間ほど休んでいたようだ。
当たり前かもしれないが、消防団は休みなく演奏してくれていた。
走り去るランナーの数もだんだん減ってきて、やがて背中に最終ランナーと書いた白バイが通りすぎるまで演奏は続いていた。
それからしばらくして観光バスが止まった、どうやらこれに乗れるようだ、助かった。
このころには攣りは収まってきて、自力で歩いてバスに乗れそうな感じになっていた。
バスに乗るときに女性のボランティアさんがペットボトルの水をくれた。

車中にはボランティアの若い男性がいてランナーが乗るときに水を配っていたけど、私の時は席を外してて貰えなかった。
だから給水所でもらった水は本当に助かった。

ゆるゆると走る収容車、その前にも収容車がゆっくりと走っている。
この付近は千曲川沿いの土手の上、道は狭く人家は離れたところにある。
バスはゆっくりコースを進み、救護所や関門だけでなく歩いているランナーも拾っていく。
中には自力でバスに乗れないランナーもいて、運転士がボランティアさんに本部に連絡するよう指示していた。
収容されたくても、観光バスの狭く急な入り口の階段を自力で上がれない人は乗ることができない。
乗れない人は別の小さな車が来るのを待つか救急車しか手はない。

今回はQちゃんとハイタッチする前のリタイヤだったし、毎回テーマソングをコース横で演奏しているThe Canadian Clubの演奏場所直前でのリタイヤだった。
単調な土手上のコースを音楽で彩ってくれているバンドだけど今年は音楽は聴けず、ステージの撤収作業をリタイヤバスから見るだけになった。

なんとか新幹線には間に合うかな、脚の攣りも収まったようなので自力で帰れそうだ。
各給水所では撤去作業をしていたが、給水所のおばちゃんが笑顔で手を振ってくれていた。
おばちゃんありがとう、でもこれリタイアバスなんすよ。

車内のランナーは当たり前だけど全員無言、暗い雰囲気だったのかもしれないけど、私はなんとか回収してもらえて自力で帰れることにホッとしていた。
途中で気分が悪くなって途中下車した人もいたし、気分が悪くて下車したいけど降りたら歩けそうにない人もいて、その人は運転席横の階段にうずくまっていた。
歩けるのなら降ろしてもいいけど、うかつな所で降ろしたら放置することになって危険なので、関門など人がいて本部と連絡できる場所まで我慢するしかない。

関門はとっくに閉鎖されているはずだけど、バスに乗らずゴールを目指すランナーもいた。
意地でも自力で戻りたいのかな。

何時だったか覚えてないけど、ようやくフィニッシュ会場に到着。
降りるときにボランティアの男性がタオルをくれた。
タオルには長野マラソンとだけ書いてあるので、たぶん大会スタッフが給水所などでつかうもので残念賞ではないようだ。
バスを降りてすぐ完走者と合流して、おにぎりとおしぼりを受け取る。
顔が汗でザラザラだったから、おしぼりは本当にありがたかった。

動かない脚を動かして荷物を受け取りにいったけど、私のテントの荷物はあと数個しか残っていないのが印象的だった。
まあこれだけ遅く戻ったら、こういう光景になるんだろうな。
荷物を受け取ってシューズを履き替えながらウインドブレーカーのズボンだけ履いて、上半身はゼッケン付きのシャツのまま長野駅行きのバス待ちへ並ぶ。
バスに乗るときに恒例の長野マラソンの名前入りのラムネを頂いた。

バス待ちの列は長かったけどあまり待たずにすぐ乗れて、14:35に発車。
スマホを見たら帰りの新幹線は15:25、これならなんとか間に合うだろうと思ったけど、会場周辺は大会の影響もあって渋滞してなかなか進まない。
スマホで新幹線のキャンセルと予約の準備をして地図アプリで駅の到着予測を見たら、ギリギリで間に合わない感じ。
駅に着いたらトイレにも行きたいし乗り遅れたら最悪なので、15:00まで車中で様子を見ることにした。
渋滞は続き、結局15時になって30分遅い新幹線を予約してから当初の便をキャンセル。
帰路の空席があるかどうか心配だったけど、さすがに窓際は全滅だったけどそれ以外はまだ少し空いていた。
(あさま24号、長野15時52分発、東京17時28分着に変更した)

駅に着いたのが15:25、偶然にも乗る予定だった新幹線の発射時刻でした。
ああ、キャンセルしておいてよかった。
泣きっ面に蜂だけは避けられた。

ホームの自販機で180円もするポカリスエットを買って(最近高いよね)、すぐに入線していた新幹線に乗って帰京しました。
駅でトイレに行って帰りの車中でもまた行ったので、相当水分は補給していた証拠です。
フィニッシュ後に蕎麦を食べる予定だったけど、水分過多もあって食欲がないうえに気分もあまり良くなかったのでやめておきました。


この大会に備えて2月と3月に30kmジョグを計3回しましたが、3時間9分前後もかかったうえに30kmで脚を使い果たす状態でした。
このレベルじゃフルマラソンは無理なのかな、でももう練習で追い込む気力も体力もない気がする(年齢的に)。
初の銀ゼッケンでの出走、3年ぶりの長野、2年2ヶ月ぶりのフルマラソン、まさかの完走ならず。
きっちり走り込んでおかないとマラソンは辛いだけだし、なにより危ない。
自分なりに走り込んだつもりだったけど、この程度ではもうフルを完走できないほど衰えたのかもしれない。

これがフルの引退レースになるのかも。
そんなことを考えながら帰京しました。


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【レース後の振り返り】

家に帰ってネットで永山博基選手(永山瑛太の親戚)が長野マラソン初優勝というニュースを見ましたが、そういえばゴール後に配っている信濃毎日新聞の号外も貰えなかった。
Qちゃんとも会えず、The Canadian Clubのステージも見れず、やっぱマラソンは完走しないとダメだよなぁ。

ネットでデータを見ると、応援ナビの順位はスタートから下がる一方(抜かれっぱなし)だったけど25km-30kmは少し順位が上がっていた。
すでに相当ペースが落ちていた区間だけど周囲は俺以上に落ちていたわけで、いつもならここからフィニッシュまで順位を上げていくのが俺のレースなんだけど。

Youtubeに上げらていていた沿道の方の撮影動画をみたけど、5kmも31kmも相変わらずひどいフォームで、足はハの字に広がり腕振りも相変わらず外に広がっている。
ただ肘は折れているので、右前腕が無駄に外に振られる癖だけは若干ながら改善できていた。
動画だけでなくオールスポーツの写真も上半身がのけぞっているように見える悪いフォームで、全体的にパッとしない。
色々意識しているけど残念ながら改善できていない。
まあ今回はフォーム云々以前の話だけど。



さて、今後どうするか。

一応フルマラソンのスタートラインには立てたが、まさかの収容車という結果。
相当甘く評価すると、2年2ヶ月ぶりにフルマラソンのスタートラインに立てたことは前進ではある。
大甘な評価ではあるけど、体調不良でフル9戦中6戦も欠場していたことを考えたら、現地に行ってスタートできただけでも進歩は進歩。
とはいえ今回もまた大会2週間前の4/5付近から体調不良が始まり、4/10を最後に休足、というか走る気になれない状態になった。
なんとか大会3日前に回復してきて出場できたものの、大会当日の4/20をピークに大会後はまた体調悪化。
大会疲れも多少は影響はしているだろうけど、大会の一週間後には氷嚢を当てて半日寝る日まであったので、大会疲れだけではないはず。
例によって倦怠感、頭痛、鼻水、若干の息苦しさ、微熱感(熱はないが、頭に氷嚢をあてないとしんどい日がたまにある)。


大会から10日ほど経っても体調が戻らないので耳鼻科で再度MRI(昨年12月以来)を受けたところ、少量ながらまだ副鼻腔に膿が溜まっていて、軽度副鼻腔炎は確定との診断。
抗生物質を再処方されたけど、息苦しさは副鼻腔炎ではないとの診断で内科の受診を勧められ、内科に行ったけど胸の音に異常なく喉が若干赤い程度で消炎剤処方で終わり。

その後も調子は戻らず、大会後1ヶ月経っても一進一退どころかむしろ悪化する日もあって、耳鼻科までの徒歩15分に息が切れて立ち止まって休む状態。
歩けない身体では走るどころではなく、なにもしないで1ヶ月が経過。
何回か耳鼻科で相談するも服薬の継続と毎日鼻の吸入に通う程度で改善しない。

この状態を考えたらスタートラインに立てたのは幸運だったしリタイヤして正解、むしろ判断が遅かったのかもしれない。
キロ6分を超え始めたのが16km、それ以降6分を切れないラップが続いた時点で諦めるべきだったのかもしれない。
走っていればなんとか調子が戻るのではないか、戻らないにしてもこのままのペースで最後まで走れるかもしれないと考えてしまったが、そんな期待はもうできない身体なのかもしれない。


レース直後は加齢での衰えと練習不足がリタイヤの原因だと思っていたけど、1ヶ月も走れない状態から判断すると練習不足ではなく体調不良が原因だと断定していいだろう。
今思うと今年2月や3月の30kmジョグでのしんどさも体調不良が原因だったのかもしれないし、遡れば2022年10月13日に久しぶりに30kmジョグをした時の異常なまでのしんどさ(27kmからキロ8分を超えて3時間36分もかかった)も単なるハンガーノックではなかったのでしょう。
この時からすでに体調がおかしかったのは確実で、その証拠にこの月の水戸黄門漫遊マラソンと翌月のつくばマラソンを欠場しています。


これまでも謎の体調不良については色々考察してきました。
内科的には正常、男性更年期障害も該当せず、残るは精神的にマラソンを嫌がっていることしかないのではと思って、昨年秋以降はフルマラソンを封印。
唯一今回の長野だけエントリーしていましたが、ここも欠場するようならまたしばらくフルマラソンは封印かあるいは引退かと思っていました。
今回なんとか出場はできたので、精神的な問題は否定していいかもしれません。
たった1回だけの出場で完走もできなかったけど、体調は大会前後が一番良かったこと、大会後1ヶ月経ってもまだ体調不良ということを考えたら、精神的な原因説は否定して良さそうです。


あまりにも体調不良が長引くので5月中旬に耳鼻科の医師に耳鼻科初診時(昨年12月)の薬に戻してもらえないか聞いてみました。
しかし現在の処方と違うのはアレグラ(アレルギー薬)が朝晩出ていたことと、モンテルカスト(気管支拡張)が出ていたことだけ。
医者は副鼻腔炎は軽度なので倦怠感は別の病気ではないか、もう一度内科で検査したほうがいいと言われましたが、内科ではもう何度も検査して異常がないので気が進まない。

モンテルカストの服用を再開したところ少し楽になったけど、その後呼吸困難が強く出たのを機に呼吸器内科を受診しました。
CTはじめ各種検査をして(2万円かかった)、気管支喘息と診断されました。

頭痛と頭部の熱感は副鼻腔炎が原因だと思いますが、ひょっとしたらこれまでの倦怠感の原因の1つは呼吸器疾患由来だったのかもしれません。
倦怠感と書いていますが、前から倦怠感とは少し違うと思っていましたが、他に言葉が見つからないから倦怠感と表現していました。
ひょっとしたら呼吸困難からくる症状だったのかもしれません。

現時点(大会2ヶ月後、6月下旬)では副鼻腔炎は峠を越して喘息の治療中ですが、喘息は完全には治らないでしょう。
そもそも今までの不調は喘息由来とは思えず、呼吸困難は出ても弱かったことを考えると、今までの謎の病気の他に喘息が加わった気がします。
まあできることをやるしかないので、当面は副鼻腔炎治療と喘息を治療します。

2ヶ月経ってもまだ数キロのジョグで息苦しくなるので、いつマラソン復帰できるのかはわかりません。
たぶん喘息は完治はしないでしょうから、コントロールしながらランナー復帰できるかどうか。


大会後はそんな感じで病院通いが続いていましたが、大会の翌々日には早くも次のこと(再起戦)を考えていました。
(この時はまだ体調がそんなに悪くなかった)

フルマラソンの候補として考えたのが、10月の水戸黄門漫遊マラソン(4月エントリー開始)、11月のつくばマラソン(6月エントリー開始)、1月の勝田全国マラソン(9月エントリー開始)です。
来年もまた4月の長野マラソンには出たいので、10月後半の長野のエントリーまでにはフルを完走しておきたいのですが、それが可能なのは水戸黄門だけ。
また途中リタイヤの危険性もあるので、寒い時期を避けて10月の水戸黄門が安全でしょう。
(気温的に記録は出せないでしょうけど、今は記録以前に完走しないと)

しばらく体調と相談してからエントリーしようと思ったのですが、すでにこの時点で水戸黄門は募集を開始していて、応募者が5000人超えていました(定員1万人)。
あわてて前泊のホテルを押さえようとしたら、どこも2、3万のぼったくり価格。
安い東横インが取れたらエントリーしようと思ったら、真夜中の予約開始時間に申し込もうとしたけど瞬殺で取れず。
考えることはみんな同じですね。
諦めきれずに探したら、水戸の隣駅の勝田のホテルがやや高めながら空きがあったので、そこを押さえてからエントリーしました。
ずいぶん前に勝田に出た時、勝田のホテルが取れなくて水戸のホテルに泊まったことがありますが、今回は逆パターンです。


なんか最後は闘病記になってしまいましたが、まずは喘息を治してから練習しなおしです。
またフルマラソンを完走できるようになれるかどうか分かりませんが、まずは10月の水戸黄門漫遊マラソンが目標です。
まだ諦めてはいませんが、体調的に今回の長野がフルマラソン引退レースになるのかもしれません。


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【タイムと写真】




32km付近でリタイヤ
リタイヤタイムは3時間24分04秒(自己計測ネットタイム)




16km以降はキロ6分を超えたままです。
実質的に15kmで終わっていましたが、感覚的には13kmで終わった感じでした。




東京駅に新幹線が入線してきました。
2年2ヶ月ぶりの遠征、ドキドキします。




長野駅の改札前、向こうに長野マラソンの大型ポスターが2枚ぶら下がっています




3年ぶりの長野、久々に吸う長野の空気です。
左足ハムストリング下部(膝上の裏側、太もも下部の裏側)の故障、謎の体調不良と2年続いての欠場でした。
今回は体調不良も回復して(一時的だったけど)、無事参加できました。




先程の大型ポスター、なんか嬉しい。




いつも長野マラソン関係のイベントをしているスペースですが、今回はなにもありません。
2年間来なかったから色々変わったのかな。




そば処 みよ田でごませいろの中盛り。
美味しかったです。
帰りにまたきて普通の蕎麦つゆを食べたかったのですが、体力も食欲も残っていなかった。




定宿のリンデンプラザホテルに到着しました
荷物を預けて観光です




ホテル横の小川と桜




3年ぶりの善光寺です
少し暑い陽気




火の見櫓かな?
途中に電気設備らしきものが見えますが、非常放送とかかな




参道、結構人が来ていました
猿回しが出てたり観光ガイドがいたり、なんか俗化した気がします




逆光ですが桜、たぶんソメイヨシノかな




しだれ桜、綺麗です




車いすマラソンも行われたようです
あとで調べたら、スタート位置が異なる全く別大会のようです
コースは一部が同じようで、フィニッシュ地点は同じでした
20kmでスタート時刻は同じ8時半ですが、車いすマラソンは速いので10時には終わっています
ですから完走できても車椅子の選手を見かけることはないでしょう




善光寺の本尊は非公開で、実は無いという説すらあります
その代わりに前立本尊(まえだちほんぞん)があり、数え7年ごとに公開しています
数え7年ですので6年に一回の公開で、次回は2027年のようです
私は65歳、まだ走っているかしら
ちなみにその年は相当混雑します




色が濃いめなのでソメイヨシノではないと思うけど、綺麗でした




雲ひとつない青空、気温はこの時期にしては高めで汗ばむぐらいです




最近できたのかな?、善光寺らしく善子(よしこ)と光子だそうです
大きさ的に親子なんでしょう
両方メスなのは、オスだと肉牛にされるからかな、考えすぎでしょうか




今年は桜ばかり咲いていました




満開のしだれ桜が見事でした




綺麗だななぁ




長野マラソンの旗、色違いでいくつも出ていました
ここが明日のコースの一部になります




長野マラソンウエルカムフェスが開催されていました
今年から前日受付なしになったので、受付会場のExpoの代わりでしょう




フェスの舞台、小学生のダンスをやっていました
時間帯によっていくつもの出し物があるようです




長野駅そばのコンビニに書いてあった応援メッセージ




ホテルの部屋、コンセントが1つしかないのがちょっとね




窓がちょっとしか開かないので(自殺防止かな)、風があまり入らなかった
幸いもう冷房運転していたようで、終夜エアコンを付けていました
それだけ気温は高めでした



外の様子、駐車場が多いなぁ
向かいのセレクトイン長野は、昔よく使っていました(JTBに抑えられていない数少ないホテルだったので)
今は毎年JTBに抑えられているので、もう使いません
安普請で隣の部屋の会話が筒抜けでした




大会当時の朝に乗った電車、予定より1本早い電車に乗りました
2両編成(乗る予定だったのは3両)でしたが、時間が早すぎたせいか空いていました




北長野駅につきました
たった1駅なのですぐです
2両編成で混んではいなかったので、改札の混雑もほとんどなかった




随所に案内看板がありますしランナーの列が続くので、土地勘がなくても道に迷う心配はありません




男子更衣室は体育館、着替える必要もないけど流れでそっちに行っちゃいました




会場案内図、今年はスタート会場が工事中で例年より配置が違うようです




メッセージが書き込まれた横断幕
昨日のウエルカムフェス会場で書けたようです(例年は受付会場で書ける)
気がつかなかった、意気込みを書きたかったな




スタートラインのお立ち台、Qちゃんがここに立つはず
まだ交通規制が始まっていないので、半円形のエアースタートゲートは立っていません




いつもの広場、3年ぶりなので感慨深いです
早すぎたのでガラガラです




ここからはレース後、レース後は写真を撮る余裕もなく必死になってシャトルバスに乗りました
結局新幹線は間に合わず、キャンセルして取り直しました
写真は駅そばの広場、今年もまた横断幕で見送ってくれました
座り込んでいる人はランナーと観光客かな




参加賞のシャツです




収容バスを降りる時にもらったタオル




フィニッシュ会場でもらったおにぎり、毎回梅味ですがこの塩味と酸味がいいんだよなぁ
家に帰ってからいただきました



10回以上参加でもらえる銀ゼッケン、コロナや故障でこれをつけて走るのは今回初でした
まさかリタイヤとはね




胸の裏の計測チップ、初めて見る形式です
使い捨てなので欠場時でも返却は必要ありません




フィニッシュ会場から長野駅に戻るシャトルバス(料金は参加費に含まれている)に乗る時にもらったラムネ
上は前回参加時(3年前)のもの、なんかもったいなくて食べられないで取ってあります


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【2025年版 ホテル価格情報】

2025年のホテル代の価格と値上げ状況(2024年と比較)です。
価格は原則としてシングル、朝食なしです。


ツアー料金(ホテル代は宿泊予約でホテルだけを予約した場合の金額です)

・長野第一ホテル 34000円(ホテル代19200円、昨年比1000円値上げ、差額6400円)
・東横イン長野駅善光寺口 35000円(ホテル代20200円、昨年比2000円値上げ、差額6800円)
・NEW NAGANO NEXT 39000円(ホテル代24200円、昨年比1000円値上げ、差額7200円)
・アパホテル長野 35000円(ホテル代20200円、昨年比3000円値下げ、差額6800円)
・ホテルナガノアベニュー 41000円(ホテル代26200円、昨年はツアー非対象、、差額7200円)

ツアーは全て税込、シングルルームで、ツアー代にはホテル代・エントリー費(14300円)・エントリー手数料(500円)込みです。
朝食なし、ただし東横イン長野駅善光寺口は無料朝食がありますが売切御免です。
またツアー特典で特製七味缶(2缶)が貰え、ホテルからスタート会場まで専用バスが用意されます。
ツアーは好評で、今年は申し込み枠を倍にしたそうです(今回250人)
差額は宿泊予約で同じホテルを取った場合との価格差で、この差額が特製七味缶(2缶)とスタート会場までの専用バスの料金になるわけです。

ツアー申し込みが先で、後日エントリー・宿泊予約がありますので、ツアーを申し込んでおけばエントリーや宿泊予約でヒヤヒヤしないですむのもツアーのメリットです。
ツアーですのでキャンセルは料金が発生しますし、キャンセル時もエントリー費は戻りません。
各ホテルから会場までバスで行けるのは便利ですが、6:30発(6:50着予定)の1便だけです。
ツアー対象のホテルは長野駅まで徒歩圏内で、会場最寄駅の北長野駅は長野駅の隣ですし臨時列車も出るので、早く行けば混みません。
ただ北長野駅から会場までは徒歩20分かかるので、バスの方が楽は楽でしょう。
またツアーでは駐車場は申し込めないので、レース後に車移動する人は要注意です。



次に宿泊予約で取った場合の値段と昨年との料金比較です。
コロナ明けとインバウンドの影響で値上げが続くホテル代ですが、値上げ圧力はだいぶ弱まった気がします。
ただ良くても価格据え置きですから、以前よりかなり高いままですが。


・長野東急REIホテル 17500→20000円、2500円の値上げ(2025年は事務局利用とのコメントあり)

・長野第一ホテル 12800→12800円、据え置き、大浴場あり

・チサングランド長野 17850→18950円、1000円の値上げ

・ホテルナガノアベニュー 19000→19000円、据え置き、サウナ・大浴場あり

・ホテルニューナガノネクスト ツイン1人あたり15000→ツイン1人あたり17000円、2000円の値上げ
 (ただし申し込み画面では2025年のツイン・ダブルとも15000円となっていた)

・長野リンデンプラザホテル 14000→14000円、据え置き、大浴場あり

・ホテルJALシティ長野 19000→21000円、2000円の値上げ

・ホテル国際21 16200→17300円、1100円の値上げ

・THE SAIHOKUKAN HOTEL南館 12600→12600円、据え置き

・THE SAIHOKUKAN HOTEL本館 19900→19900円、据え置き

・シャトレーゼホテル長野 20000→20000円、据え置き

・ホテルルートイン第1長野 12500→13200円、700円の値上げ、大浴場あり

・ホテルルートイン第2長野 12500→13300円、800円の値上げ、大浴場あり

・アイランドホテル 18000→18000円、据え置き、大浴場あり

・東横イン長野駅善光寺口 12500→13600円、1100円の値上げ

・スマイルホテル長野 23500→28300円、4800円の値上げ

・アパホテル<長野> 15000→13400円、1600円の値下げ(2025年唯一の値下げ)

・ホテルコートランド 23000→28000円、5000円の値上げ


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【エントリーから大会直前までの日記】

順番が逆ですが、長文なのと個人的備忘録の意味が強いので、邪魔にならないように最後に持ってきました。


10/2、エントリーハガキ届く、今年から前日受付なしになったので近くの人は日帰り参加できるかもしれません。
ただ新幹線組は始発に乗っても間に合わないので、宿泊必須ですが。
宿泊付きツアーのエントリー日は大学の授業日(放送大学に再入学して勉強中)なので申し込めないので諦めよう。

駐車場は今回からエントリー時に場所を指定して申し込む方式になった、そしてツアーは駐車場は申し込めないそうです。

それはともかく、申し込んでも体調的に出られない気がする。
8月中旬から風邪から始まった体調不良から副鼻腔炎になってから2ヶ月。
目前のハーフどころか練習もままならず、マラソン引退も真剣に考える状態。
(結果的に10月と11月のハーフは欠場になった)

10/4、2020年に書いた5年後の自分へのメッセージ手紙が届いた。
これは以前にこの大会がやっていた企画で、5年後も走り続けるモチベーションとして手紙を書いて、それを5年後に送ってくれるというもの。
しかし走るどころかこんな状態とはね、開封せず寝かせることにしました。
(10月の多摩川かわさきハーフ後に開封するつもりが体調不良で欠場、その後も開封する気になれず、大会が終わってようやく開封しました)

10/10、ツアーには申し込まない気だったけど気が変わって、大学の授業があるけど申し込む準備だけしておく気になって、渋谷キャンパスで大学のwi-fiを申し込んでおいた。
そして10/13の大学の授業中にコソコソと申し込もうとしたら受付前の時刻なのにすでに満員。
なんと申込日は昨日の土曜日でした・・・・・・
ボケてきたのかな。

10/17、ツアーのニューナガノネクストホテルとナガノアベニューにキャンセルが出ているのを見つけたけど、3.9万円と4.1万円じゃ申し込む気になれずパス。
(ツアー料金はホテルによって違い、3.4万円から4.1万円まである)
ちなみにツアーはキャンセルしても、エントリーフィーは戻らない。
ということはツアーに申し込んでからキャンセルすれば出場権だけをGetすることもできるはずだけど、まあ昨年のエントリーは余裕だったからいいか。
こんな裏技が通用するかどうかも未確認だし。
もしエントリー日に申し込めなかったら(定員に達したら)諦めよう。

そして10/19(土)、10時からエントリー開始。
さほど待たずに10:06エントリー完了、14300円に手数料786円、計15086円。
タイムは3時間40分で申告しました。

さて無事エントリーもできたのでホテルの申込日をスマホのスケジュールに入れるかと思って大会HPを見たら、なんと今日じゃないか!!
(10/11にアナウンスされていたが、見ていなかった)
例年エントリーとは別日の土曜日に宿泊予約だったので、今年もそうだと思い込んでいた。
この大会は当日受付なしなので前泊必須、エントリーも宿泊予約も土曜日でいずれも瞬殺なので開始時間にスタンバイしてないといけないので、計3回土曜日が必要です。
土曜日が休みでないと出場困難なのですが、今年からエントリーと宿泊予約が同日になって前日受付もなくなり、相当ハードルが下がりました。
でも東京からだと日帰り参加は時間的に無理なので、結局2回は土曜日が必要ですが。

エントリーは数時間は埋まらないけど、ホテル取りはほぼ瞬殺です。
あわててログインするもツアー用のアカウントとホテル取りは別のアカウントらしく、アカウント登録から始めることに。
焦って登録しましたが、かなり出遅れた割には意外とスムーズに進み、常宿のリンデンプラザホテルに空きがあったのでそこに予約、朝食なしで14000円、10:11完了。
申し込み後に喫煙の部屋だったことに気がづいたけど、すでにリンデンは喫煙しか空いていなかったし他のホテルは高いところばかり。
まあ1泊だけだからタバコ臭くてもいいか、値段的にはリンデンは安い方だし、もう少し安いところもあったけどすでに売り切れ。
リンデンは大浴場もあるし、これでいいことにしました。

今年のホテル取りの激戦具合ですが、10時スタートで10:45でもREIホテル13000円などが空いているので以前ほどの激戦ではないかな。
前日受付なしになって日帰り可能圏内の人は前泊を回避したのかもしれない。
13:35時点でもニューナガノネクスト15000円などがまだ空いていた(ダブルルームだったかもしれない)。
翌日15時になってもスマイルホテルは空いていたが、26300円はそうそう埋まらないのかな。
憶測ですが、前日受付なしになった影響もあるけど、大会の人気も少し落ちている気がします。
その後、10/22には長野駅徒歩圏内のシングルは全滅でしたが、この時点でもダブルは空いていたので3万円出せば泊まれます。


エントリーの集まり具合ですが12/1に定員に達したそうで、最後まで募集してギリギリで定員に達したようです。
以前は受付開始後数時間で埋まっていたのですが、コロナ禍以降は様子が変わりました。
ランナー人口も減ったのかもしれませんが、大会に出る人がかなり減った印象です。
コロナ禍で数年単位で水をさされた上にエントリーフィーも相当上がって、食費や光熱費も上がって生活に余裕がなくなったなど、複数要因でしょう。
大会の乱立でランナーの奪い合いになったのも多少は影響しているでしょうけど、長野マラソンは昔から相当人気がある大会です。
日帰り参加が困難で費用が嵩むことも嫌われているのかもしれません。

今年の変更点を改めて書くと、コース変更(エムウエーブの大規模工事でエムウエーブ構内は走れない)、前日受付不要(ゼッケン事前送付)、無料駐車場は事前受付、2:40以内の準エリートもAブロック、そして宿泊予約はエントリーと同日。
宿泊予約の日程変更はHPに大きく掲載していましたが、全く気が付かなかった。
ちゃんと読まないとね。

前日受付がないってことは受付会場のExpoもないのか、ちょっと残念。
まあシャトルバスで移動して受付する手間がなくなったのは楽だし、かわりに善光寺近くの野外会場でウエルカムフェスをやっていました。
野外なので雨が心配なのと、規模はだいぶ縮小されていましたが。


11/19、駐車場350分追加確保して、12/4から募集開始

2025年
3/12、新幹線往路事前予約、第3希望までトクだ値30%オフに申し込む。
今年から前日受付がないので11時過ぎ到着にしたが、なぜか1時間もしないで落選通知が来た。
よく見たら乗車日を1週間間違えてた、あぶねー。
本来の申し込み開始時刻の14時以降に再度申し込みをしたが、今度は「ご指定の乗車日は現在事前受付できません(13)」で申し込めず。
どうやらサイトがトラブっているらしい。
結局、3/16になってようやく往復の事前予約ができました。

往路の時間は前日受付なしと昼食時間を考えて次のようにした。
(第1希望) 東京(09時04分)→長野(10時41分) トクだ値30%OFF
(第2希望) 東京(09時44分)→長野(11時33分) トクだ値30%OFF
(第3希望) 東京(10時07分)→長野(11時39分) トクだ値10%OFF
着いてすぐ昼飯を食べて善光寺観光して土産を買ってホテルに行けば、時間を持て余しはしないだろう。

復路の時間が悩むところだけど、8:30スタート、4時間として12:30フィニッシュ、着替えその他で1時間、バス移動1時間とすると、長野駅着が14:30。
フィニッシュ会場から長野駅のシャトルバスですが、前回参加時(2022年)は待ち行列に並んでから長野駅まで1時間かかって駅到着が14:30だった
久々のフルマラソンで失速リスクも高く、そうなるとバス待ちの列も前回より混みそう。
早くても15時出発、できれば15時半ぐらいがいいけど、その時間だと値引き便がない。
いろいろ考えて、こんな感じにした。
(第1希望) 東京(15時52分)→長野(17時41分) トクだ値30%OFF
(第2希望) 東京(15時04分)→長野(16時46分) トクだ値30%OFF
(第3希望) 東京(15時04分)→長野(16時46分) トクだ値10%OFF

抽選結果ですが、往路は第3希望の10%OFFがギリ当たった。
乗車日:2025年04月19日
区 間:東京(10時07分)→長野(11時39分)
列車名:あさま635号(北陸新幹線)
割引等:トクだ値10%OFF
座 席:6号車 9番E席

そして復路は第1希望が30%OFFで取れた。
乗車日:2025年04月20日
区 間:東京(15時52分)→長野(17時41分)
列車名:あさま619号(北陸新幹線)
割引等:トクだ値30%OFF
座 席:6号車 5番E席

復路は少し時間を持て余すかもしれないけど、天気次第でレース後に会場でまったりするか駅付近で食事するかすればいいでしょう。


さて脚の調子ですが、2月の月例10kmは47分と最近の定位置、3月2日の季節の荒川ハーフが1時間47分とかなり遅い。
持久係数から見ると3時間45分から4時間6分、まあ完走は必須、サブフォーで合格、3時間50分切りで大成功かな。
スピードはそこそこだけどスピード持久力が疑問という感じかな。

今年は1月から赤羽月例に3ヶ月連続出場、ハーフは3月に完走、30kmジョグは2月に2回、3月に1回、全て3時間9分と遅め。
できれば練習で42km走もしたかったけど、身体に余裕がなかった。
体調は12月から副鼻腔炎の治療が効いているのか悪くない。

4/2、ゼッケン届く。
眩しい銀ゼッケン、普通ゼッケンも同封されて選べるんだと思い込んでいたけど、銀ゼッケンだけでした。
スタートブロックはFと定位置、27回連続の金ゼッケンは211人、10回以上の銀ゼッケンは2440人。
ゼッケン裏に計測タグが張り付いていて、他大会では見たことがなく長野でも初めて見た気がする。
送付物はTシャツ、会場までの電車乗車券、フィニッシュ後の駅までのシャトルバス券、荷物預かりのタグ。

4/3、参加者案内をPDFで見るが、荷物は1つで袋なし(従来通り)、整列は8:15まで、スタート会場が体育館建設工事で狭くなっているので更衣室は2か所に分割設置。
スタートは最後尾のLブロックまで一直線に配列、ペーサーは2:50と3:00以降5時間まで15分刻み、給水は16ヶ所と、おおむね例年通り。


12月から耳鼻科での副鼻腔炎治療のおかげで好調だった体調が、4/5あたりから降下気味、気力が出ない。
倦怠感までは行かないが微熱感が少々と嫌な予感。

4/8、10km63分と身体が重い、最近は10kmを55分以下で走るようにしているので、相当遅い。
1日休足して4/10にかなり頑張って走って10km53分台、まあまあかな。
しかしここから体調が急降下、4/11には昨日の疲れか風邪っぽくなるいつものパターン。
今回もまた欠場ならフルは引退するしかないのか・・・。

4/12、またいつもの症状、倦怠感、微熱感、軽い息苦しさ。
あと1週間、もうフルは無理なのかな、せっかくの銀ゼッケンが・・・

4/13、体調悪化で半日寝る。あと6日、どうなることやら。腰も痛い。

4/14(月)、副鼻腔炎気管支症候群を疑って以前内科でもらった副鼻腔炎の残薬(抗生物質等)を飲みはじめる。
木曜の状態次第でDNSかもしれないと考えはじめる。
正直、もうフルは引退してもいいかもしれない。
長野の銀ゼッケンで走ることなく引退するのは無念ではあるが、身体がしんどいとそれどころではなくなる。
走ってないのに腰痛、左足首外腱痛、足裏痛がじわじわと悪化、身体の中で炎症反応が起きているのかもしれない。
左肩のリハビリで通っている整形外科なでの20分の歩行だけでしんどい、喉にも違和感、声も少しおかしい、風邪っぽいのは確実。

4/15(火)、急に思いついて耳鼻科へ行って咳止めなどを貰うが治る気がしない。
なんかもう長野には行かない方が気が楽だし、行ける気がしない、でも行かないと(少なくともフルは)引退するしかない気がする。
まあ仮にこれでフルは引退したとしても、65歳になる再来年にワンチャン再挑戦する気持ちは残っているけど。

4/16(水)、家でダラーっと過ごすが体調イマイチのまま。

4/17(木)、なにげなく大会HPを見たら、数年前になくなっていた5年後の自分へのメッセージが復活してた!。
用紙はこれまでの郵送から自分でダウンロードに変更になったので、気がつかない人も多そう。
主催者が5年後も大会継続の意思ありと受け取れるので嬉しい。
これがモチベーションになって、一応荷造りはしようかという気になった。
体調も少しマシになってきたし、制限時間内完走でもいいからとりあえず走ろうと思うようになれました。

なんで5年後の自分へのメッセージが影響したかというと、もし今回も欠場となると来年の長野に申し込むのはちょっと違う気がする。
来年の5年後の自分へのメッセージはエントリーした人だけの特権なので、来年欠場となると出す資格がない。

単純なものですがすっかり前向きになって、当日の移動時間をメモにまとめていたら、なんと予約した帰路の新幹線が東京発長野行きになっているのに気がつきました。
あわててキャンセルして買いなおしたけど、どの列車も空席は沢山あったけど2席側の窓側は空席わずかになっていました。
あたりまえだけどトクだ値(割引切符)は売り切れだったので定価購入でした。
列車名:あさま622号(北陸新幹線)
区 間:長野(15時25分)→東京(17時12分)
座 席:9号車 11番E席

あとは土曜の朝の体調次第で行けるかどうか。
長野まで移動できるようなら出走できるだろうし、スタートラインに立てる体調ならば完走はできるだろう(タイムはともかく)。
今年の参加者が書く5年後の自分への手紙(2029年10月に届く)は、行けても行けなくても大会終了後に書こう。

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